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高松高等裁判所 昭和30年(ネ)32号 判決

控訴人 中村幸三郎

被控訴人 香川県味噌工業協同組合

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は

被控訴代理人において、

(一)  本件運送賃についてみるに、他店の運送賃中にも高松市内における積取運賃を含んでいるので、本件運送賃が他店の運送賃より低廉な訳ではないのみならず、本件運送品は荷送人において積込現場である高松市東浜迄送荷して来ていたのであるから、積取運賃は殆ど不要である。当時高松阪神間の本件運送品の運送賃は一樽三十円でも引受ける同業者もあつた位であるから控訴人の運送賃はむしろ他店より割高である。従つてこの点に関する控訴人の抗弁は理由がない。

(二)  控訴人は本件積卸港は尼ケ崎港であり、定期船は同港には寄港せず、又同港に大型船は出入しない関係上本件寿丸を選定した如く抗弁するけれども、被控訴人対荷受人間においては荷揚地は尼ケ崎港に限らず最寄の神戸又は大阪港へ荷送すれば荷受人において荷揚港から到達地(尼ケ崎)迄の引取運賃を負担する約定になつている。本件外の阪神沿線取引先も本件同様引取運賃は荷受人負担の商慣習になつているのであるから、控訴人は必ずしも尼ケ崎迄運送させなくともよいのである。本件の場合偶々尼ケ崎港行積荷が多かつたので同港に寄港することになつたのであるが、尼ケ崎港に寿丸以上の大型船が寄港することができなくないことは顕著な事実である。該抗弁は理由がない。と述べ、

控訴代理人において、

(一)  本件寿丸は本件阪神航路に就航するに不適当な船舶ではない。本件寿丸が沈没したのは単に突風のみによつて沈没したのではなく、浮流していた筵が推進器にてんらくしたため運航の自由を失つたことに因るものである。船長の不注意もなく船舶自体が本来航行を認められないものでもないことは明白である。

本件寿丸は港湾河川航行用の船舶であつたとしても、終戦当時改造されて讃州海運が運送に使用して来て以来大した事故もなく現在の事故発生まで無事に来たものであり、特に海運局から危険を指示されたり、業界に発表されたものでもない。又控訴人において具体的に航行の危険を察知するが如き事実もなかつたのである。

斯る状況下において控訴人が本件寿丸に運送を託したとしても所謂運送取扱人の注意を欠いたものと断定するのは違法である。

(二)  次に本件運送賃についても、味噌一樽(一〇貫匁入)当り金三十五円というのは荷送主の所へ積荷を受取りに行き、浜へ持帰り船舶に積込迄の費用を含んでいる。然るに他の場合の三十五円は運賃丈であつて、本件においては控訴人が前記の如くトラツクで荷主方から持帰り船積する費用は一樽当り金十円を見積り、実質運賃は金二十五円の割合になる。従つて他の同業者と同額の運賃とはいえない。

加之本件積卸港は尼ケ崎港であるが、通常の定期船はこの港に寄港しないで単に神戸港に立寄つたのみで大阪港に至るので、若しかかる定期船に委託すれば尼ケ崎港迄積換えしなければならなくなり、採算上も無理であるので、かような点からして通常の定期船には委託出来ない事情にある。

又尼ケ崎港は中途半端な場所に在る関係上どの機帆船でもが寄港するとは限らず、且割合大型船が出入しない関係に在る。

控訴人としては斯様な次第で尼ケ崎港へも寄港する船舶であつて、適宜運送を委託することの出来るものとして本件寿丸を選んだのである。

以上の如く運送賃及其の他の点から判断するも控訴人が寿丸を選んだことを以て注意義務に欠けるところはないものと謂うべきである。と補陳し

たほか原判決事実摘示と同一であるからここに之を引用する。

〈立証省略〉

理由

控訴人が中村組なる商号を以て運送取扱業を営むものなるところ、被控訴人が控訴人に対し昭和二八年二月二七日被控訴人所有の味噌一五〇樽(一樽一〇貫匁入)を高松市東浜港から兵庫県尼ケ崎港まで運送するについての取次を委託し、その旨の運送取扱契約を締結した上該物品を引渡したこと、控訴人がその運送のため運送人平見竹松と運送契約を締結し、右平見竹松がその約旨に基き同月二八日自己が所有し且自ら船長として乗り組んでいる機帆船寿丸に右物品を積載した上東浜港を出帆し、尼ケ崎港に向つて航行していたところ、同日午後一時三〇分頃、被控訴人主張の場所において同船が沈没し、右物品が全部流失したこと、及被控訴人が控訴人に対し書面を以て同二九年二月二六日右物品の流失による損害金二十五万六千五百円の即時支払方を請求し、同日控訴人は該書面を受領し乍らその後その履行をしていないことは何れも当事者間に争がない。

控訴人は本件において運送取扱人たる控訴人が運送に関する注意を怠つた点は全くない旨抗弁するので検討する。

成立に争のない乙第一号証に原審並当審証人平見竹松の各証言を綜合すれば、

寿丸沈没の原因は、当時かなり強度の突風に遭遇した同船が難航していた際に、同船の推進器に浮流中の筵がてんらくしたため運航の自由を失つてしまつたことに因るものであつて、船長たる平見竹松自身の過失に因るものではないことが推認出来るけれども、単に右事実のみでは控訴人が本件において運送人の選択について注意を怠らなかつたものとは謂い難い。

次に控訴人は本件寿丸が港湾河川航行用の船舶であつたとしても終戦当時改造され爾来何等の事故もなく運送の用に供して来たものであるから、本件運送のため該船舶を選択した点につき過失はない旨抗争し、原審並当審証人平見竹松、当審証人吉川絹松、同岡田精市、同惣田秀一の各証言及当審における控訴本人の供述中右抗弁事実に副うが如き部分あるも後記各資料に対比すればたやすく措信し難く、乙第二号証第三号証第五号証第六号証を以ては右抗弁事実を肯認するには足らず、却つて本件寿丸が総トン数一六トンに過ぎない所謂小型機帆船で港湾河川航行用の船舶を改造したものであること、及同船が沈没した日時、その場所附近において他に遭難した船舶がないことは当事者間に争がないのみならず、成立に争のない甲第三号証、当審における被控訴組合代表者宮武賢の供述により成立を認めうる甲第四号証に、原審証人平見竹松当審証人岡田精市、同吉川絹松、の各証言の一部、原審証人森岩太郎の証言、当審における被控訴組合代表者宮武賢の供述を綜合すれば、

本件寿丸は所謂上荷船造りの十五馬力焼玉式機関付機帆船で吃水の浅い近海航路用の船舶であつて、阪神向け等本件航路の如きに就航するには不適当な船舶であることが認められる。控訴人の立証によるも右認定を覆すには足りない。

してみると他に特段の事情のない限り控訴人が本件物品の運送に当り本件寿丸の所有者平見竹松を運送人に選択したことは運送取扱人として過失なしとは謂えない。

次で控訴人は本件運送賃の如きも実質上は一樽につき金二十五円の割合になるので、他の同業者の運賃と同額ではない。加之本件積卸港は尼ケ崎港であるが、同港は大型船が出入しない関係にある上、大型船たる定期船に委託すれば積換えをしなければならない等採算上の無理があるので、同港へも寄港する船舶であつて適宜運送を委託することの出来るものとして本件寿丸を選んだもので、その点から見るも過失はない旨抗争するので検討する。

当審証人惣田秀一の証言及び当審における控訴本人の供述中右抗弁事実に副うが如き部分あるも後記各資料に対比すればたやすく信を措き難く、却つて成立に争のない甲第六号証の一、二原審証人岩部正の証言により成立を認めうる甲第二号証に、当審証人惣田秀一の証言の一部、原審並当審証人岩部正、当審における被控訴組合代表者宮武賢の供述によれば被控訴組合は控訴人との間に昭和二七年初頃から運賃の取決めをしていたものであるが、従来より味噌一樽(十貫匁入)の運送賃は金三十五円で、右は岸壁から船へ積込み尼ケ崎港へ荷揚げするまでの運賃であり、本件味噌も高松市東浜の岸壁まで被控訴人の方で持込んだものであるから、その運賃も従来と同様であつて、この運賃に依ると本件航路においては大型機帆船で以て運送せしめても優に採算がとれるのであり、且尼ケ崎港は機帆船用の港で大型機帆船も入港するのであつて、現に他の運送取扱人においては、本件航路について右同額の運賃を受領しながらも、概ね総トン数一〇〇トン以上の所謂大型機帆船等により同一物品の運送をなさしめていることが認められる。控訴人の全立証によるも右認定を左右するには足りない。

従つて控訴人の該抗弁も採用し難い。

其の他控訴人の全立証によるも、控訴人が運送人の選択其の他運送取扱人としての運送に関する注意を怠らなかつたものとは到底認められない。

尚控訴人は被控訴人自らも亦予め、積荷保険を付して運送途上に発生すべき積荷の損害の填補に努むべきであり、そのことを怠り乍ら控訴人に対しその全部の賠償を求めることは許されない旨抗弁するけれども、運送取扱人は運送中における運送品の滅失、毀損などに因る損害に関する限り、自己が運送に関する注意義務を怠らなかつたことを証明しない。

以上凡てそれを賠償しなければならない責任を負つていることは商法第五六〇条に照して明らかであるから、控訴人の該抗弁はそれ丈では理由がない。

叙上説示により控訴人は被控訴人に対し被控訴人が運送品に関して蒙つた損害を凡て賠償すべき義務があるものと謂うべきである。そこでその損害額につき検討するに被控訴人は控訴人との本件運送取扱契約により運送取次に託した前示味噌一五〇樽の所有権を喪失したこと前叙の通りであるところ、原審並当審証人岩部正の各証言によると、本件味噌一樽(一〇貫匁入)当り仕入価格が金一千七百十円であつたことが認められ、特段の事情を認め得ない本件においては、その滅失時における右物品の価格は右金額を保持していたものと認めるを相当とするから被控訴人は味噌一五〇樽(一〇貫匁入)分合計金二十五万六千五百円の損害を蒙つたわけである。従つて控訴人は被控訴人に対し右金員の賠償義務を負担しているところ、本訴において被控訴人は控訴人に対し右金員の内金十五万円と之に対する前記履行請求書面の到達した日の翌日たる昭和二九年二月二七日から完済に至るまで年六分の割合による商事法定遅延損害金の支払を求めているから、その範囲において控訴人は被控訴人に対して該支払義務があること明らかであり、被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきである。

仍て右と同旨に出た原判決は正当にして本件控訴は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法第三八四条第八九条第九五条を適用して主文のように判決する。

(裁判官 石丸友二郎 渡辺進 橘盛行)

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